ジョン・レノンをめぐる旅


ニューヨークは世界中の目をひきつける街である。
著者はそこに世紀末を生きる人間の姿を求めて
旅立った。スノッブなディスコ、モダンアートといった
ニューヨークの表相を縦糸に、ジョン・レノンの思い出
を横糸として紡がれており、60年代からの著者の
精神史が旅行記を通じてみずみずしく描かれている。
             (1990.4.18読売新聞)

                    日之出出版刊
                 全226ページ・19cm
                      定価1000円






−著者からのメッセージ−







『ジョンよ、君は現代のキリストか…?』

ある曲が耳の底、または頭の隅にコビリついて離れない…という経験を
お持ちでしょうか?メロディーは昼といわず夜といわず、時には夢の中まで
暴力的に登場してくる。だがその歌はビートルズの曲ではなく、私のレコード
ストックにもないロックグループのものだった。しかたなく私は、曲名を知るべく
中古レコードショップに足を運んだ。2カ月の間に5回探しに行き、3軒目の店で
やっと入手することができた。『クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル』
というグループの『ハブ・ユー・エバー・シーン・ザ・レイン』…。『CCR』の『雨を
見たかい』といった方がわかりやすいかもしれない。その後私は何十回となく
その曲を聴くことで、音の記憶から解放されようと努めた。その甲斐あって今では
悩まされることもなく、メロディーさえも滅多に口ずさむことはない。

学生時代からビートルズやジョン・レノンとの強烈な出会いというものが、
残念ながら私にはない。気がついてみるとビートルズサウンドが身の回りに溢れ、
むしろ熱狂的に髪を振り乱し叫ぶ同世代の女性たちに背を向けた方だった。
正直に告白すれば、嫉妬以外の何ものでもなかった。ビートルズの音楽性の
素晴らしさは誰の耳にも明らかで、彼らの髪型やファッション性は時代をリードし
世界を席巻していた。もはや肥大化した兜虫たちにとって怖いものは何もなかった。
4人の若者が歩んだ後に道が敷かれ、歴史が刻まれていった。誰もがそんな時、
自分たちのカリスマ性に溺れるのだが、突如としてビートルズはコンサート活動を
停止した。この頃から密かに私はジョン・レノンという男に惹かれるようになった。
そして“東洋の悪魔”と悪名を馳せたヨーコの出現、70年の解散…。
あまりにも突然の出来事だった。折しも時代は三無主義という流行語が生まれ
混迷した時代だった。学生運動が沈静化する頃には、多くのロックスターたちが
誕生した。ジェファーソン・エアプレーン、バッファロー・スプリングフィールド、
ステッペン・ウルフ、グレイトフル・デッド、レッド・ツェッペリン、フランク・ザッパ…と
数えあげればキリがない。
その頃から象徴的ともいえるヒッピー・ムーブメントが起こり“ウッドストック”で頂点に
達した。時代の変化に乗り遅れた私は、ノン・ポリを決め込みバンド仲間たちと立川や
福生の米軍キャンプに出入りしていた。あちこちのハウスからはロックのリズムが溢れ
“限りなく透明に近いブルー”とほぼ同時期だったように記憶している。
すでにその時にはジャニス・ジョプリンとジミ・ヘンドリックスが壮絶な最期を遂げ、
ある時代が終わろうとしていた。それはやがて来る灰色の世界への警鐘であり、
誰にも侵されることのない私の漂白の時代でもあった。
嵐が木立をなぎ倒し、野火が草木を舐め尽くした原野に立ちはだかっていたのが
ジョン・レノンだった。彼は混迷の波の吹き荒れた後に、颯爽と時代のたてがみを
なびかせた覚者のようであった。世の中の流れを察知し、普通に生きることで自己を
回復しようとする一人の若者の姿がそこにあった。
幼くして彼が母親を失わなければビートルズが誕生しなかったのと同様に、ヨーコ・オノ
に出逢わなくして再生したジョンの姿を見ることはなかったろう。
自らを“主夫”と称して子育てをした五年間が、彼にとっていかに恐怖に耐え、原初療法
による自己再生のための貴重な時間であったかは知るよしもない。ビートルズ・エイジと
呼ばれる団塊の世代が青ざめたのもこの時期である。
〈1980年12月8日22時50分、ニューヨークにてジョン・レノン射殺される…〉
 このニュース報道により指導者を失ったのは、若者たちではなく全世界の中年では
なかったか。仕事に埋没する世代が日常から目覚めようとした80年代初頭の象徴的な
出来事だった。

私にとって『ジョン・レノンをめぐる旅』を出版できたことの収穫は、自分を大切に、そして
ニュートラルに生きることを教えられたことだった。そしてそれが彼の残してくれた最大の
遺産なのかもしれないと思えるようになった。今となっては私、いや私たちにとって彼は
教えであり、宗教であり、神に近い存在となったのかもしれない。
かつてジョン・レノンという一人の無国籍の男が生きていた時代があり、私たちはまぎれ
もなく同一の風景を見つめ同じ音を聞いていた。それは時代が変わろうとした舞台であり、
意識の雨音だったような気がしてならない。

  Have you ever seen the rain…?
                ジョン・レノンよ、永遠なれ!


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